大阪地方裁判所 昭和49年(ヨ)3023号 判決 1974年11月28日
申請人 加藤恒美
右代理人弁護士 赤沢博之
同 大江洋一
同 平山正和
同 北条雅英
同 春田健治
同 松丸正
被申請人 小山工業株式会社
右代表者代表取締役 小山久夫
右代理人弁護士 井上太郎
同 阪口春男
主文
一、被申請人が申請人に対し昭和四九年八月二九日付または同年九月二四日付でなしたと主張する船機装勤務に配置転換する旨の意思表示の効力を仮に停止する。
二、被申請人は、申請人に対し、即時金一五万四、八〇〇円および昭和四九年一一月以降右当事者間の配置転換についての交渉が妥結するまで毎月五日限り金一五万四、八〇〇円を仮に支払え。
三、申請人のその余の申請を却下する。
四、申請費用は、被申請人の負担とする。
理由
一、当事者の求めた裁判
(一) 申請人
(1) 申請人が被申請人会社堺事業所現場足場パトロール作業に従事する地位あることを仮に定める。
(2) 被申請人は、申請人に対し金二三七、九三九円および昭和四九年一一月以降被申請人が申請人を現場足場パトロール作業に従事せしめるまでの間毎月五日限り金一五七、五六〇円を支払え。
(二) 被申請人
本件申請はいずれも棄却する。
二、事実関係(当事者および本件配転命令の経過)
当事者間に争いのない事実ならびに疎明によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 被申請人会社(以下、会社ともいう。)は、資本金九〇〇万円で、日立造船株式会社の下請会社である。会社は堺事業所において船舶の塗装、熔接、足場および運搬、船機装の各作業を営んでいる。堺事業所における従業員数は本工約八〇名のほかに臨時工、日雇など約三〇〇名であり、同事業所は日立造船株式会社堺工場内にある。
申請人は、会社に昭和四二年六月臨時工として採用され、同四三年五月二日本工となり、入社当初から堺事業所に勤務している。
(二) 申請人は会社に採用されてから昭和四七年一月まで現場足場作業に従事していたが、同月修繕課運搬現場事務係勤務に配置転換された。同四八年一二月頃から慢性肝炎、慢性気管支炎のため通院を始めていたところ、同月二二日、会社から現場足場パトロール作業への配置転換命令を受けた。現場事務係の作業は事務の仕事であり、現場足場パトロール作業は造船作業場の現場をパトロールするものであって、申請人の健康に影響するおそれもあったので、申請人は仕事の内容等について会社に交渉した結果、会社は申請人の健康を十分に考慮する旨約束したので、右配転に応じた。
(三) 昭和四九年六月二四日、申請人は肝炎悪化のため、会社に対し、「慢性肝炎の疾患を以前から有し、六月二二日頃より増悪の傾向がみられ、とりあえず治療、精査のため一週間の安静を要する。」旨記載した医師の診断書を提出して、同月三〇日まで自宅療養し、以後通常の勤務をしていた。ところが、会社は、同年七月一一日付で申請人に対し、現場足場作業に配置転換する旨の意思表示をした(以下、本件配転命令という。)。現場足場作業というのは、船体の浴接、塗装等の作業のために船体に作業床(足場)を架設したり、それを解体したりする工事作業であって、五、六人の共同作業で、常時一〇ないし三〇メートルもの高所に登って三〇ないし九〇キログラムもの足場板を持ちあげる等の作業を要し、そのうえ共同作業のため自分のペースで仕事ができず、その労働は激務である。
(四) これに対し、現場足場パトロール作業は単独作業であって、申請人が担当していたエンジン場パトロールについてみると、船舶のエンジン、機器、部機、ボイラー、主機、補機、軸系等にまつわる多職種の架設足場を検査し、手直し、補修する作業であり、これら造機の中では架設足場の小移動を行なう作業も含み、他職種の従業員の生命、身体の安全を保持する重大な責任を有し、やはり高所急勾配階段を上下することも必要とする作業である。もっとも、右手直し、補修、移動等の作業が、安全上、パトロール員単独でできないときは、上司に報告して現場作業員の応援を求めることができるし、また、安全点検作業の性質上、船底から船上まで一気に昇り降りすることもほとんどない。したがって、パトロール作業は経験と技術を要し責任も重く精神的には負担が重いが、肉体的には現場足場作業に比して、はるかに軽作業である。
(五) 会社は、本件配転命令前、「健康要管理者の指定について」と題する昭和四九年四月一〇日付の書面をもって、申請人に対し、「消化器系他内科的慢性疾患有病者」として健康管理区分上の「要観察者」に指定している。
(六) 申請人は、本件配転命令に対し、即日、応諾しない旨被申請人に対して告知した。しかし、原職に従事することを一方的に強行すれば混乱をまねくおそれもあると考え、また、労務の提供をしなければ解雇処分等を受けるおそれも感じたので、結局、本件配転命令に異議を留めながら、同年七月一五日、一応現場足場作業に従事した。
ところが、右作業は激務のため肝炎の悪化をきたすおそれがあり、申請人の健康状態に照らし右作業に従事することは危険であると考えた。また、右作業に従事しなければ、解雇等の不利益処分を受けるおそれを感じたので、やむなく医師の一ヶ月間休養を要する旨の診断書を添付して欠勤届を会社あて提出し、同月一九日から八月二一日まで病気欠勤した。申請人は、右届をしたうえで、会社に対し、本件配転命令を取り消し原職に復帰させるよう交渉を続けてきた。
(七) 申請人は、右約一ヶ月間の欠勤後、八月二二日以来会社に出勤しているが、右八月下旬当時の申請人の健康状態については、原職であるパトロール作業に従事可能か否かにつき、医師の見解が対立している。
三、本件配転命令の効力について
前記認定事実によれば、本件配転命令についての会社の業務上の必要性乃至合理性は全く認め難いものといわざるを得ない。被申請人もまた本件配転命令は昭和四九年八月二九日付で撤回したと主張するのみである。
そうすると、本件配転命令は、不当労働行為に該当して無効であるとの申請人の主張について判断するまでもなく、申請人に肉体的、精神的な苦痛を与えるためにのみなされたものと認めるほかないから、明らかに人事権の濫用であって、無効である。
四、第二次配転命令の効力について
さらに、会社は、昭和四九年八月二九日付で、あるいは、同年九月二四日付で、申請人に対し船機装勤務に配置転換する旨の意思表示をした(以下、第二次配転命令という。)と主張して、申請人の原職である現場足場パトロール作業への就労を拒否していることは、被申請人の自認するところである。
そこで、第二次配転命令の効力について検討するに、前記のとおり違法な本件配転命令を申請人に対し強行した会社としては、最初の配転命令によって生じた紛争をそのままにして、もはや申請人の合理的な意思に反して新たな第二次配転命令を出すことは信義則上許されないものと解するのが相当である。したがって、第二次配転命令の存否について検討するまでもなく、右意思表示はその効力を有しないものといわなければならない。
そしてさらに、本件事実関係のもとにおいては、被申請人は、申請人を原職に復帰せしめるか、さもなければ、申請人の配置転換について申請人と誠実に交渉しなければならない義務を、信義則上負っているものというべきである。
五、申請人の賃金債権について
疎明によれば、会社における給与は、毎月二五日締切り、翌月五日に支払われること、申請人はいわゆる日給月給制で、日給金六、九〇〇円、役付手当月額金三、〇〇〇円(但し、一ヶ月のうち一〇日以上出勤した場合に支給される。)、皆勤手当月額金一三、八〇〇円(日給額の二日分。但し、一日以上欠勤した場合は支給されない。)となっていること、そして、申請人の毎月の平均稼働日数が二〇日を下らないことが認められる。
さて、申請人の昭和四九年七月一八日までの給与は支給済であること当事者間に争いがない。また、疎明によれば、同年七月一九日から八月二一日までは病気欠勤として、健康保険法による傷病手当金の支給を受けているものと認められるから、右期間すなわち同年七月一九日から同年八月二一日までの間に、本件配転命令がなかりせば得べかりし給与と、右傷病手当金との差額については、損害賠償請求権として請求しうるか否かの点はさておき、右差額金を直ちに賃金請求権として成立しているものと解することはできない。
そうすると、申請人の賃金請求権は八月分として昭和四九年八月二二日から同月二五日までの間の出勤日数二日分の賃金一三、八〇〇円、九月分として、出勤日数二〇日分および役付手当の合計金一四一、〇〇〇円、一〇月分以降については毎月平均稼働日数二〇日分の日給額と役付手当および皆勤手当の合計額金一五四、八〇〇円と認めるのが相当である。なお、会社は申請人を八月二二日から同月二八日まで休業させた旨の被申請人の主張は採用しない。
そして、前記のとおり、被申請人は申請人の合理的な意思に反して新たな配転命令を出すことができず且つ被申請人は申請人の配置転換について申請人と誠実に交渉しなければならないものと解される以上、結局、右当事者間の配置転換についての交渉が妥結するまで、被申請人は申請人に対し、一一月以降毎月五日限り、金一五四、八〇〇円の支払義務を有することとなる。
六、保全の必要性
疎明によれば、申請人は会社から受ける給与だけで生活している労働者であり、妻と小学校六年生を頭に、三才、二才の三人の子をかかえていること、ならびに、被申請人は第二次配転命令の効力を主張して、申請人の原職への就労を拒否していることが認められるから、申請人の回復し難い損害を避けるためには、主文第一、二項掲記の仮処分を命ずる必要があるものと認められる。申請人の前記健康状態に鑑れば、単純に原職の地位を仮に定めることは相当でない。
七、結論
よって、申請人の本件仮処分申請中、主文第一、二項の限度でこれを相当として保証を立てしめないで認容することとし、その余は被保全権利の疎明がないから却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 宮本定雄)